「「英語教育実施状況調査」の結果について」について

最終更新: 3月20日

「「英語教育実施状況調査」の結果について」について

大津由紀雄

201956


文科省が公表した平成30年度の「「英語教育実施状況調査」の結果について」http://www.mext.go.jp/a_menu/kokusai/gaikokugo/1415042.htmという文書について、417日付の記事で、「みなさん、ことに、小中高で実際に教壇に立っておいでの先生がたに」この「結果について」をご覧になってのご意見、ご感想などを寄せて欲しいとお願いしました。

記事掲載の翌日から多数の方々からメッセージをいただきました。連休、ことに、その後半に入ってから、その数は急激に増加しました。小学校の先生からのメッセージが13通、中学校の先生からのメッセージが47通、高等学校の先生からのメッセージが23通、大学の先生からのメッセージが3通というのがその内訳です。今回はわたくし自身の考えも織り交ぜながら、これまでにいただいたご意見、ご感想を整理してみたいと思います。なお、メッセージをいただいた方のプライバシーを護るために、所属校などが特定される恐れがある部分については適宜、表現を修正してあります。


417日付の記事にも書きましたように、「結果について」には、学校英語教育が抱える様々な問題点と今後の課題が指摘されていますが、全体としては、ここまでの英語教育政策は基本的に妥当であるという姿勢がみて取れます。ところが、この点について、ご意見をくださった小中高の先生たちの現状認識とはかなりの隔たりがあります。以下、いくつかの項目に分けて、ご意見を整理します。


【1】先生たちの現状

今回の「結果について」で他の都道府県に比べ、「成績」がよかった、ある県の中学校の先生は「小学校英語教育を2年前から先行実施しているが、小学校の教員の物理的・精神的負担はとてつもなく大きい。研修会や授業研究会が頻繁に実施されている。そのしわ寄せは当然あるが、教員の「善意」「使命感」のみによって表面化していないのが現状である」と述べています。

ある小学校の先生は「英語活動が入ってきたとき対応に困っていたわたしたちに英語活動は教科としての英語とは違うのだからと言い、みんなで協力し合って作り上げた56年生用の英語活動だったのに、今度は教科化だと言う。いい加減にしてほしいという気持ちです」と吐露しています。

ある高等学校の先生はこう述べています。「大学入試に民間試験を入れるということになり、さらに今回の調査のように生徒の英語力を英検で測って他県と競わせるようなことが続けば高校の英語は英検指導に塗り替えられてしまう。悲しいかな、そんなことになっても先生たちは懸命に英語教育を護ろうとするのです」。

納得したわけではない方針に振り回されながらも、自分たちの考える英語教育のあるべき姿を追い求めることをあきらめずに必死にがんばる先生たちの姿が浮かび上がってきます。


【2】現在の教育政策の問題点

ある中学校の先生は、「とにかく、目の前で中学生を日々見ていない人が施策を考えるとおかしな方向に行ってしまうんですよ。それで、現場の生徒のことも教員のこともそもそも信頼していないんですから、他教科を含めた現場の声という意味では、冷ややかです」と述べています。同様の見解はご意見をくださった小中高のほとんどの先生に共通します。

別の中学校の先生は「「成果と課題」で挙げられている内容は現場から見ても妥当な内容であるが、「方向性」で示されている内容は、どれも教員の負担増をイメージさせるものであり、課題の解決につながるものではない」というご意見です。

ある中学校の先生はこう述べています。「小学校での英語の教科化や大学入試における英語民間試験など全く賛同できないことばかりですが、現場からの疑問や批判的な意見は全くないかの様に改悪が粛々と進められていることに何とも言えない無力感を感じます」。

教育改革を謳いあげる側に立つ人たちと実際に子どもたちと向き合って授業を紡ぐ側に立つ先生たちの間には不信に近いものがあるように感じられます。


【3】今回の「調査」の問題点

ü 子どもたちの英語力の判定

「結果について」を読んで、おそらく、だれもが違和感を感じるのは生徒の英語力に関して「みなし判定」を認めている点である。ある中学校の先生は「以前からこの調査は行われているが、実際に英検3級、準2級を「取得した生徒」と教員が同等の英語力を有していると「見なした生徒」を同列に扱っている時点でその結果は、ほぼ無意味である」と指摘します。

 中学生、高校生の英語力については、前者についてはCEFR A1レベル以上を取得しているかどうか、後者についてはCEFR A2レベル以上を取得しているかどうかを基準として調査を行っています。ここで注目すべきは、生徒の英語力がCEFRの該当レベルに達した(以下、「合格」)かどうかを「外国語の資格検定試験」(「概要」スライドでの表現。具体的には英検など)の該当級や該当スコアを取得できた(以下、「試験合格」)かどうかだけでなく、それに匹敵する英語力を「有すると思われる」(以下、「みなし合格」)かどうかも含まれているという点です。

 「集計結果」には「生徒の英語力の状況(中学校)」および「生徒の英語力の状況(高等学校)」と題された表が含まれており、都道府県・指定都市別に試験合格、みなし合格、その合計などの数値が載っています。中学校については、調査対象の70の都道府県・指定都市のうち、みなし合格が合格の50%以上60%未満が2260%以上70%未満が5、そして、70%以上が271%、72%)でした。高校については、調査対象の47の都道府県のうち、みなし合格が合格の50%以上60%未満が860%以上70%未満が8でした。

 さらに詳しく見ると、中学校について、合格に対するみなし合格の率が一番低かった地域では12%でした。高等学校については19%でした。みなし合格に対するばらつきの大きさも窺えます。なお、合格に対するみなし合格の率を日本全体の合計で見ると、中学校については44%、高等学校については49%でした。

 以上からわかることは、合格した生徒のなかにはみなし合格した生徒がかなりの数、含まれていることと、こちらがより深刻な問題なのですが、調査対象の都道府県・指定都市間で合格に対するみなし合格の率にかなりのばらつきがみられることです。

 みなし合格を認めるのは経済的理由などから「外国語の資格検定試験」を受験できない生徒のことなどを考慮したものと考えることもできますが、なんとか目標に近づけたいという関係者の思惑が作用しているようにも思えます。何人かの先生が指摘するように、「現場ではアンケートに答える教員が文科省の期待?に応えるべく、なるべく多くの生徒を同等の英語力を有していると「見なす」傾向にある」という危惧を拭い去ることはできません。

 そもそも、生徒の英語力を判定するのにみなし合格が信頼できるものであると考えるのであれば、「外国語の資格検定試験」などによる必要はなく、みなし合格で一本化すればよいはずです。しかも、上で指摘したように、調査対象の都道府県・指定都市間で合格に対するみなし合格の率にかなりのばらつきがみられるということはみなし合格の基準の統一がはかられていなかった可能性が高いということではないでしょうか。

 こうして見てくると、この調査とその分析には深刻な問題があることがわかります。なお、この問題はより広く、学習指導要領、「外国語の資格検定試験」、CEFR間の整合性の問題と関わってくるのですが、それについては稿を改めることにします。


ü 経年分析の必要性

 「8ページに「英語担当教師の英語使用状況」の結果が出ています。前年度の同じ調査では、平成28年度より「〇〇ポイント上昇している」という文言がありましたが、今年度の発表では全く触れられていません。実は数値が下がっているので、意図的に言及しなかったようです。6ページのパフォーマンステストについても同様です。かなり下がっています」というご意見がありました。「意図的に言及しなかった」のかどうかは定かではありませんが、経年分析が必要であることは間違いありません。


ü 地域対抗戦

 今回の「結果について」もこれまで同様、生徒の英語力、教師の英語力をはじめ、調査結果が都道府県・指定都市別に示されています。これを受けて、新聞等での報道も都道府県・指定都市によるランキングに注目したものが目立ちます。たとえば、


この「英語教育実施状況調査」は13年度に始まり、今回で5回目。高校では都道府県、中学は都道府県と政令指定都市ごとの結果が公表され、高3で水準に達した生徒は福井県が52.4%でトップ。中3も福井県が62.8%と最も高く、さいたま市(58.9%)、横浜市(54.0%)と続く。最も低い堺市は27.6%で、福井県とは30ポイント超の差があった。(ネット版朝日新聞201947日付、https://digital.asahi.com/articles/ASL464S3NL46UTIL01X.html?_requesturl=articles%2FASL464S3NL46UTIL01X.html&rm=444

こうした報道の仕方を見て、「「あそこに追いつけ、追い越せ!」という指導が入ることは目に見えている」という不安を感じたという意見が数多く寄せられました。さらには、「生徒の英語力は英検などの結果をもとにしたものなので、授業が英検対策講座化していくことが怖い」という声もありました。


ü 地域的ばらつき

 中学生・高校生の英語力についての調査結果を見ていると興味深いことに数多く気づきますが、一見、不思議なこともあります。中学生の英語力についての合格率を見ると、全国平均は42.6%ですが、飛びぬけて第一位になったのはさいたま市は75.5%でした。一方、埼玉県全体としては45.3%で、かろうじて全国平均を上回る程度でした。さらに、興味深いのは、高校生の英語力についてみると、全国平均の合格率は40.2%でしたが、埼玉県はそれを大きく下回る31.8%という結果だったことです。このことについてはある取材中に取材者から指摘されたのですが、その理由については即答することができず、調査した結果、つぎのことがわかりました。

 まず、さいたま市と埼玉県の差についてですが、端的に言えば、さいたま市と埼玉県全体の教育環境の差(経済状況、親の学歴や子どもの教育に関する意識の差)ということになるようです。加えて、さいたま市は政令指定都市であり、商業地区を抱え、予算もある程度あります。今回の結果はそうした地域的ばらつきを反映したものと考えられます。

 つぎに埼玉県の高校生の合格率が低いという点についてですが、英語のできる生徒が都内または県内の私立高校に進学しているという事情があるようです。これが正しければ、やはり経済力のある者には選択の余地があるということなのでしょう。学習意欲もあまりないが《せめて高校ぐらいは出て欲しい》という親の願い、《高卒よりは大卒がいい》という子どもの思い、低学力の子どもでも入学させてなんとか定員を充足させたいという大学の思いが複雑に絡み合った状況が目に浮かびます。

 これは一つの例ですが、地域ごとにさまざまな事情があり、前項で指摘した「地域対抗戦」には意味がないことにも目を向ける必要があります。

【4】中学校教師の悩み

 小学校英語に不満を持つ中学校の先生からの意見も複数ありました。

「一部の私学を除き、公立小学校での英語教育によって英語が好きになった、という子は見たことがありません。逆に、小学校の英語教育によって苦手意識を持った、という子は確実におります。その後の不満は、文法を全く教えてくれなかった、と言う点につきます。よく分からない言語を、よく分からないまま聞き続けた、という感覚だそうです」という意見がその一例です。

 こんな報告もありました。「中学校では文法を教えないわけにはいきません。もちろん、いろいろな工夫を凝らし、子どもたちが楽しく文法を学べるように努力しているのですが、文法の話を始めるだけで注意がどこかへ行ってしまう生徒がとても多いのです。「小学校では文法なんかなしで、とても楽しくALTの先生と会話ができたのに」と不満をいうのです」。


【5】複言語・複文化的視点

 海外での日本語教育の経験をお持ちの小学校の先生はつぎのように指摘します。「子どもにとって、外国語は英語だけではありません。その最初の入り口として「英語」が学校で扱われている、その視点を持たないといけないと考えています。[中略]もし、ここで英語以外の言語を使える教員が子どもたちの周りに居れば、外国語教育はもっと面白く、もっと豊かになっていくのではないかと思っています。[中略]他の言語が難しければ、せめて「日本語教師」の研修を行うことも、非常に役に立つと感じています。[中略]小学校教員の英語力を鍛えるよりも、日本語教師養成の研修の方が、言葉の学びを豊かにする意味で、よほど有効なのではないか、と感じました」。

 この複言語・複文化的視点はきわめて重要です。小学校英語に関するわたくしの意見はしばしば《小学生が英語に触れることはまかりならぬ》という具合に誤解されますが、それは間違いです。小学生が自分の母語(および、母文化)以外の言語(および、文化)に触れるのは大切なことです。この点に関するわたくしの主張は小学生が触れる、母語以外の言語が英語に限定されていることは大いに問題があるということです。ことに、現在の日本の社会がこれだけ英語志向になっていることを併せて考えると事態の深刻さは大いに増します。

 この点に関連し、多言語・多文化教育を試みている学校や地域もあります。地域によっては、さまざまな言語や文化の背景を持った人たちが多く居住しているという利点を生かし、優れた成果を出しています。しかし、全般的にはなかなかうまくいきません。多言語・多文化教育をきちんと先導できる先生が少ないというのが根本的な問題で、教材の固定化によって頓挫してしまうことが少なくありません。

そのような状況下で「他の言語が難しければ、せめて「日本語教師」の研修を行うことも、非常に役に立つと感じています」、「小学校教員の英語力を鍛えるよりも、日本語教師養成の研修の方が、言葉の学びを豊かにする意味で、よほど有効なのではないか、と感じました」という指摘は大いに傾聴に値する指摘です。

 関連して付け加えておきたいことがあります。複言語的視点と言った時に、母語以外の言語の候補となるのは必ずしも外国語でなくもよいという点です。母語と関連を持ちながら、時空間的な隔たりを持った、方言と古文の活用をもっと真剣に考えてみてはどうでしょうか。時間的な隔たりということで言えば、若者ことばから日本語(もっと一般的には、ことば)の未来に向けての変化というのも興味深い話題だと思います。


15年ほど前からわたくしの手元にはたくさんの電子メールが届くようになりました。最初は小学校英語に困惑する小学校の先生たちから、続いて、「英語の授業は英語で」の方針にどう対処すべきか悩む中高の先生たちから、最近は、大学入試への民間英語試験導入を巡って高校や大学の先生たち、親御さんたち、そして、数はさほど多くありませんが大学受験生たちからのメールです。時期によって増減しますが、均すと、毎年100通ぐらいになるかと思います。メールはいつでも歓迎いたしますので、oyukio[@]sfc.keio.ac.jp(ご使用の節は[ ]を削除してください)宛にお送りください。




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