大津研究室関係の院生で、今年度修士論文を出したのは2人です。いずれもよいできばえのものでした。以下にその要旨を掲載します。いずれも、本人の執筆です。
1 永井敦(12年3月7日修正)
本研究では,メタ言語(的)能力(Metalinguistic Ability)の構成概念妥当性(Cronbach & Meehl,1955)及び,当能力が外国語習熟度をどの程度規定するかについて,理論言語学的,心理測定論的(心理統計学的),そして,教育的視点から考察を加えた。 調査協力者は82名(男性26名,女性56名)の大学生であり,2種類のメタ言語的テスト(構造的曖昧性テストおよび文法関係テスト),知能テスト(京大NX),英語学習に関するアンケートが実施された。メタ言語的テストおよび知能テスト得点について探索的因子分析を行った結果,メタ言語能力の収束的妥当性および弁別的妥当性を支持する結果が得られた。また,メタ言語能力,一般知能,年齢,そして英語学習経験(時間)を独立変数とし,英語習熟度(TOEIC得点)を従属変数とした共分散構造分析を行った結果,メタ言語能力が外国語習熟度を(統計的な意味で)最も説明する変数であることが明らかになった(モデル全体の分散説明率=.56)。 これらのことから,メタ言語(的)能力概念を理論的に第二言語習得研究の文脈に位置づける必要性,また,その概念の教育的文脈における重要性が示唆された。同時に,本研究において,理論言語学,心理測定論,そして教育研究の有意味な異分野融合の可能性が示された。
2 吉原友美
本修士論文は、「静か」「きれい」などの日本語の形容動詞をとりあげ、人間のもつ言語知識の一部として形容動詞がどのようなものなのかを明らかにすることを目指し、考察を行なったものである。
形容動詞は、「静かに 歩く」のように動詞の修飾に用いられたり、「静かさ」のように「–さ」がついて名詞化したりと、形容詞との共通点が多い(形容詞では「速く 歩く」、「速さ」)。その一方で、「だ」を伴って述語となる形は、名詞とよく似ている。「静かだ」「静かだった」という形容動詞の活用と、「緑色だ」「緑色だった」のような名詞の後ろに現れる「だ」の活用はほぼ同じである。
このように形容詞とも名詞とも共通する性質をもつ形容動詞を、日本語母語話者は特に意識することなく用いることができる。その背景にどのような知識が存在するのかを探るため、形容動詞をめぐる様々な現象について分析した。
前半部では、学校文法において「形容動詞」と他の範疇を分けるものとして指摘されてきた現象を示し、形容動詞と形容詞を統語的には同一のものであるとする先行研究(Nishiyama 1999)を紹介した上で、これらと他の現象を合わせて、形容動詞と他の語彙範疇がどのような体系をなしているか、素性を用いて記述した。素性を用いたのは、これにより交差分類をとらえることができるからである。
後半部では、形容動詞と名詞が述語となるとき共通してとるコピュラの中に、音形をもたない要素「Ø」が存在することを提案した。これは現在時制において形容動詞・名詞と非断定の要素の間に終止形に対応して現れるものであり、形容動詞と名詞の共通性を支持するものである。
このほかに、形容動詞を中心としたアクセントの特徴をみた。また、形容動詞に関連する派生現象の一つ、日本語の否定接頭辞の分析を行ない、語形成に関する一般的傾向(右側主要部規則:Williams 1981)の例外とされる現象の中にも方向性があることを明らかにした。
本研究の理論的考察結果を教育現場に全てそのまま持ち込むことは必ずしも有効ではない。しかし、ここで扱った日常生活では意識されにくい現象は日本語を題材とした教育の可能性の一つを示すものと考え、形容動詞と形容詞・名詞の関係、音形をもたない要素「Ø」について、一つの章を設け、前提知識をなるべく必要としない形でまとめた。
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