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冨田祐一さんの事実誤認を正す

「国際教育ナビ」というサイトの「教育トーク:「英語教育の開拓者に訊く」シリーズ」で冨田祐一さんと五十嵐美加さんの「スペシャル対談」が3回に亘って掲載されています。


その「後編」(第3回)の最後の部分(「これからの時代の英語教育で育成する「論理的思考」について」)にわたくしの言語教育プログラムについての冨田さんの見解が開陳されています。


率直に言って、この見解は事実誤認です。幸い、この点については対談者の五十嵐さんが関係する文献を挙げて、誤解であることを指摘してくれていますが、重要な問題ですので、ここで改めてわたくしのことばで論じておきたいと思います。


冨田さんはこう言います。


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[前略]現在、外国語教育の世界で人々の関心を集めている(前述の)Plurilingualism (複言語主義)と、大津先生のおっしゃっている「メタ言語能力」を対比した場合、どちらが「これからの時代に必要か?」を考えると、私には、複言語主義の考え方のほうが重要に思えます。

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ここで冨田さんは複言語主義と「メタ言語能力(=ことばへの気づき)」を対比させていますが、これは範疇ミスです。複言語主義は文字どおり「主義」、「考え方」であるのに対して、「メタ言語能力」は認知能力の一部です。複言語主義と対比させるのであれば、「「メタ言語能力」を重要な要素と考える、わたくしの言語教育プログラム」でないと困ります。


じつは、近年、わたくしは自分の言語教育観を「日本型複言語主義」と呼んでいます。ここで重要な点は、もともとの複言語主義は欧州の言語土壌をもとに生み出された考えであるので、それを言語土壌が異なる日本にそのままあてはめようとしてはならないという点です。


ここで、もともとの複言語主義についてその基盤となる考えを明確にしておきましょう。複言語主義は共同体の構成員(個人)のひとりひとりが複数の言語(母語に加えて、一つないしは(望ましくは)複数の言語)を身につけており、かつ、その複数の言語が有機的に関連づけられている状態(複言語状態)をよしとする考えです。言語は文化と切っても切り離せないものですから、複言語主義は複文化主義と表裏の関係にあると言ってもかまいません。


この考えは欧州という、多種多様な言語と文化が共存し、かつ、軍事・政治的、経済的、社会的、文化的接触が日常的に行われている地域を背景に生まれてきたものであることを忘れてはなりません。近年、多言語化・多文化化が急速に進みつつあるとはいえ、日本の状況は欧州の状況とは根本的に異なっているのです。


わたくしは、有機的に関連づけられた(母語を含む)複数の言語が個人の内部に共存することを目指すことは言語の相対性(さらには、文化の相対性)を実感するためのきわめて有効な手段であると考えます。と同時に、日本の言語状況を考慮するなら、つぎに述べる段取りで言語教育を進めることが重要であると主張してきました。まず、母語を使ってメタ言語能力の発達を促進し、その上で、そのメタ言語能力を利用して外国語を学ぶ。この段階で学習者は母語と外国語という、同質でありながらそれぞれの個別性を持つ2つの窓を手に入れることになり、メタ言語能力のさらなる発達が期待できる。こうして発達したメタ言語能力は母語と外国語の効果的な運用に必要な基盤を提供することになる。同時に、こうして次第に豊かになっていったメタ言語能力は母語の語彙や表現を一段と拡充していくことにつながる。わたくしはこのような循環(サイクル)の形成こそが言語教育が目指すべき姿であると考えているのです。


この考えは複言語主義の考えとその基盤において多くの点を共有しますが、欧州由来の複言語主義とは異なる部分も多いので、「日本型複言語主義」と呼ぶことを提唱し始めたのです。


現状の学校教育では、国語教育においてメタ言語能力の発達の支援という考えが定着しておらず、結果として母語の運用能力の低下を始め、さまざまな問題が生じています。外国語教育においても、外国語学習の基盤となるべきメタ言語能力が十分に発達していないうえ、近年の「コミュニケーション」指向の英語教育においては「実用的な」定形表現などの学習に多くの時間とエネルギーが割かれており、真の意味での運用能力が育成されていません。また、メタ言語能力の育成という観点からは学習対象外国語としてほとんどの場合、英語という決まった単一言語が選ばれていることに加え、大学などにおいても第二外国語の学習機会が以前に比べ激減していることも問題です。


日本型複言語主義については(名称はともかく、考え方は)五十嵐美加さんが紹介してくれた鳥飼玖美子・大津由紀雄・江利川春雄・斎藤兆史・林徹(2017)『英語だけの外国語教育は失敗する---複言語主義のすすめ』ひつじ書房のほかにも、冨田さんの論考も再録されている、大津由紀雄・亘理陽一(編)(2021)『どうする、小学校英語---狂騒曲のあとさき』慶應義塾大学出版会をはじめ、多くの編著書や論考で繰り返し述べてきたところです。

ここまで述べてきたところで、以下の冨田さんの発言が事実誤認であることが明らかになったと思います。


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大津先生が主張されている「母語 vs外国語」という「二項対立的考え方」と「複言語主義」の決定的な違いは、大津先生が「母語」に執着しているのに対して、「複言語主義」は、「(3つ以上の)複数の言語を使うこと」を重視している点にあります。

私は、大津先生のように「母語」にこだわりすぎることについては、賛成することができません。なぜなら、「母語重視主義」を、極度に推し進めてしまうと、結果として「日本語もどんな言語よりも大事」とか「日本文化はどんな文化よりも大事」といった、母語偏重主義や母国偏重主義を芽生えさせてしまう危険性があるからです。

また、日本のような状況で「日本語 vs 英語」といった対立的な比較を強調してしまうと、「外国語=英語」といった「誤った認識」を学習者がもってしまう可能性が出てくるので注意すべきです。前述の三言語教育政策が、(2つではなく)3つ以上の言語を教えることの意義を重視しているのも、そうした「誤解」を学習者にもたせないようにするためです。

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どうして冨田さんはわたくしが「「母語」にこだわりすぎ」ていると感じられたのか、その原因は、上に書いたことからお分かりいただけるように、日本型複言語主義にもとづく言語教育プログラムは母語を利用したメタ言語能力発達支援を出発点としていることにあるのではないかと推察します。


これもこれまで繰り返し述べてきているのですが、日本型複言語主義にもとづく言語教育が母語を利用したメタ言語能力発達支援を出発点としているのは母語に対しては直感(intuition)が効くからです。子どもには学齢に達するかなり以前から母語に対する直感が芽生え、それを利用してメタ言語能力を発達させていきます。学校教育においても、この直感を大切にしよう、しなくてはならないというのが基本的な発想です。


さらに言えば、母語は思考を支える重要な基盤です。言語教育において母語の重要性を学習者に気づかせ、学習者が母語を大事にするよう支援することはなににも増して重要なことです。


この考えにもとづき、日本型複言語主義では母語を大事にします。しかし、大事にすることとこだわり過ぎることはまったく別のことです


最後に、小学校英語との関連で一言付け加えておきます。ご存知の方も多いと思いますが、わたくしは一貫して(それが活動型であれ、教科型であれ)小学校英語に反対してきました。しかし、結果として、現在では小学校中学年で外国語活動(現実的にはほとんど英語活動)、高学年で外国語科(現実的にはほとんど英語科)が導入されてしまっています。それがどんな問題を引き起こしているかはここで繰り返す必要はないと思います。


しかし、現実に小学校英語が導入されてしまっているからにはただ「反対!」と叫んでいるだけではどうにもなりません。現状に対処するためには、①小学校の国語の時間にメタ言語能力の発達支援を導入することと、②小学校の外国語活動と外国語科に日本型複言語主義の考えを導入することが必要です。ありがたいことに、いずれについても、この考えに賛同し、教室での実践に取り組んでくださっている小学校の先生がたがいます。


具体的な例を一つだけ挙げておきましょう。北野ゆきさんと大山万容さんらが守口市立さつき学園で行った授業実践です。つぎのサイトに掲載されている実践例などを参照していただければ幸いです。

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