大学入試への英語の民間試験導入、国語等の記述式問題導入などについて、この種の問題としてはかつてないと言ってよいほど、世間の注目を集めています。これから何回かにわたって、これらの問題について論じることにします。
今回はその第一回目として、大学入学共通テストへの記述式問題導入について考えてみたいと思います。(マークシートで対応できる)選択肢方式の問題だけでは、受験生が答えにたどり着いた過程を知ることができない、まぐれ当たりの可能性を排除できない、解答方略(たとえば、選択肢を見るだけで正解を見つけ出すための方略)の学習に陥ってしまう可能性がある、受験生の表現力を知ることができないなどの問題点を拭い去ることができないので、手間はかかるが記述式の問題を導入することが必要であるという議論がなされ、2020年度以降の共通テストの一部に記述式を導入することとなりました。文部科学省の文言を借用して記述式問題導入の狙いをまとめると、「記述式問題の導入により、解答を選択肢の中から選ぶだけではなく、自らの力で考えをまとめたり、相手が理解できるよう根拠に基づいて論述したりする思考力・判断力・表現力を評価することができ」るようにするためということになります(出典はこの文章の末尾に掲げます)。
たしかに、記述式問題は選択肢方式では測ることができない力を測ることができる一方、その導入について解決しなくていけない問題もたくさんあります。その一つが客観性の保証です。採点にあたっては採点者の主観が入ることを避けることができず、だれが採点を担当するかで評価が異なることが起こりえます。つまり、採点の公平性が確保できない危険があるということになります。大学ごとに行う試験(以下、「二次選考」と呼ぶことにしましょう)に記述式問題を導入する際には、最初に複数の採点者で採点の基準をできるだけ明確な形で打ち合わせておきます。それでも判断がむずかしい場合もあるので、そのときは採点者が集まって、協議します。そこまでしても、採点者間の判断の揺れは不可避で、たとえば、ある受験者の、ある問題について、採点者Aは高い評価を、採点者Bは低い評価を与えたというようなことが起こりえます。その場合には、第三の採点者Cに採点を追加依頼し、最終判断を下すというような方策をとります。事程左様に、記述式問題の採点はとても時間とエネルギーがかかるのです。
それでも二次選考であれば、受験者の数は共通テストの受験者の数の比ではないので、なんとか対応することができるというのがこれまでの経験知です。それに対し、共通テストの場合には、朝日新聞の試算によると、50万人分の答案を20日間で採点する必要があり、そのために、1万人の採点者が必要となるといいます。この点について、2019年11月5日、文部科学委員会で共産党・畑野君枝議員が「国語の記述式の採点者はアルバイトを採用する予定か」と質問したところ、参考人として出席していた山崎昌樹ベネッセコーポレーション学校カンパニー長は「もちろん、アルバイトもいる」と回答しました。「もちろん」と言われてしまうと返すことばもありません。
この辺りから、採点の信頼性に対する不安・不信が高まり、さらには、テスト業者に対して事前に問題と採点基準の開示をすることが明らかになるに至っては少なくとも時期尚早であるとの声が大きくなっていきました。わたくし自身は今回の見送りは当然ですが、ことは単なる「見送り」ではなく、共通テストに記述式問題を導入すること自体を撤回すべきと考えています。
理由は簡単です。今後、いろいろな策を講じて、採点の客観性=公平性が確保でき、かつ、50万人分の答案を20日間で採点する方法を編み出したとしても、今度は「記述式問題の導入により、解答を選択肢の中から選ぶだけではなく、自らの力で考えをまとめたり、相手が理解できるよう根拠に基づいて論述したりする思考力・判断力・表現力を評価することができ」るようにするためという、記述式問題導入のそもそもの狙いに応えることができなくなってしまうからです。
前の段落の冒頭に書いた条件を満たすとなると、採点基準を揃えやすい問題を選ぶ、採点基準を満たし方かどうかの判定に採点者間のずれが生じにくい問題を選ぶ、解答字数をできるだけ少なく制限するといった制約を満たすことが考えられますが、どれも記述式問題導入の意義を揺るがしかねないものばかりです。
言語学では「言語使用の創造性」ということがいわれています。なにかを言語を使って表現しようとしたときに、この中の表現を使わなくてはならないという制約は加えられません。たとえば、昼前に仕事の同僚を食事に誘おうとするとき、どんな表現が使えるでしょうか。「そろそろお昼に行こうか」という直接的な表現だけでなく、「そろそろ昼だね」「おなかがすいたね」「腹が減っては戦ができぬ」「早く行かないと、蕎麦屋、いっぱいになっちゃうよ」などなど、際限がありません。記述式問題の重要性はこの受験生が言語使用の創造性をどう活用して答案を書くかを見ることができるという点にあるのですが、制約つきの記述式問題ではこのうまみを活かすことができなくなります。
では、どうすればよいのか。共通テストでは選択肢方式の問題を使い、当該大学が必要と判断すれば二次選考で記述式問題も出題するという形にすればよいだけの話です。
【参考資料】
「大学入学共通テスト」について
「登録:平成29年10月」
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