この本は公立小学校の5年生、6年生に英語を教えることを依頼された、ある民間人の実践記録です。小学校での英語活動を地域の英語の使い手に手伝ってもらうという試みは珍しくありません。しかし、英語が使えればだれでも英語活動の手伝いができるかというとそういうわけではありません。英語に堪能な人は自分流の学習法を絶対のものと信じてしまうことがよくあります。自分流を小学生に押しつけた結果、小学生を英語嫌いにしてしまったという悲劇も一度ならず耳にしました。
著者の山本由美子さんは大学院修士課程で英文学を専攻した後、大学で非常勤講師として英語を教えた経験をお持ちです。その後、本の校正のお仕事などをなさっていました。また、同じ大学出身のお連れ合いもイギリス演劇の専門家で、大学の先生をなさっています。つまり、おふたりとも英語のプロなのです。この本の中で紹介されている試み(「ワイワイ・メソッド」)はこのおふたりの共同プロジェクトと言って差し支えないと思います。ワイワイ・メソッドはわたくしが小学校英語活動の枠内で展開できる最適解と考えているところに非常に近いものです。
ワイワイ・メソッドの重要な特徴として、
1 とりあげる英語(語彙や構造)を最小限に留める。 2 急がず、ゆっくりと、繰り返し練習する。
という2点があります。山本さんは子どもたちの習熟ということを念頭にこのやり方を考え出しましたが、これは英語が堪能でない学級担任が主導する場合にも有効な方法です。最小限に留めた範囲での英語をALTや補助員の力を借りて、練習しておけばよいからです。
さらに、
3 コミュニケーションの観点から自然な状況を作りだし、自然な英語の運用を訓練する。
という特徴もあります。ことばは教室に持ち込まれた瞬間に「死んでしまう」ことが多いのですが、山本さんはできるだけ生きた形か、あるいは、生きた形に近い形で、子どもたちに英語を運用させようと工夫を凝らしています。英語活動の目的が「コミュニケーション能力の素地を育む」ということにあるということをきちんと認識すれば、この3の特徴は不可欠と言えます。
しかし、ワイワイ・メソッドはだれにでも使えるというものではありません。山本実践では、まず、山本夫妻の英語に対する理解とことばに関連する深い教養がその支えになっています。また、山本実践では2人のALTが重要な役割を果たしていますが、ALTは育てていくものです。英語の話者であれば、だれでもよいALTになれるというものではありません。立派なALTを育てたのは山本夫妻の力量以外のなにものでもありません。
《なあんだ、やっぱり、小学校英語活動はだれにでもできるというものではないんだ!》と落胆する必要はありません。ワイワイ・メソッドの中でさほど表に出てきていない、子どもたちの母語の力、そして、学級担任の母語の力、これを利用すればよいのです。
もうおわかりでしょう。わたくしが提唱している、ことばへの気づきを基盤としたことば活動とワイワイ・メソッドはとても相性がいいのです。子どもと学級担任の母語の力を利用して、ことばへの気づきを育てる。その過程で、最小限の英語を導入し、英語活動としての形を整えればよいのです。
この本をお読みになると、小学校英語活動が本来あるべき姿がどんなものであるかを理解することができます。「コミュニケーション能力の素地を育む」と言いながら、いつのまにか「スキル(運用能力)を育む」ことになってしまっている実践者はこの本から非常に多くのことを学ぶことができるはずです。 (大津由紀雄)
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