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都立高校入試スピーキングテストの問題はまだ終わっていない!

2022年9月28日付の朝日新聞 EduAに「都立高校入試スピーキングの不可解 --- 都スピーキンテストは「アチーブメントテストとしても入試としてもダメ。5億円の無駄づかい」

英語教育専門家の保護者」と題した記事が掲載されました。都スピーキングテスト(ESAT-J、イーサット・ジェイ)の問題をずっと取材し、一連の優れた記事を書いてきた、石田かおるさんと山下知子さんの署名記事です。


見出しにある「英語教育専門家の保護者」(あ、このあいまい表現の発話意図は「英語教育専門家であり、かつ、保護者でもある人」の意です)は久保野雅史神奈川大学教授のことで、この記事は久保野さんへの取材をもとにして書かれたものです。久保野さんは筑波大学で安井稔教授(当時)らから英語学の薫陶を受けたあと、長年、神奈川県立外語短期大学付属高等学校、筑波大学附属駒場中・高等学校で英語を教え、2008年に神奈川大学に転じました。神大(「じんだい」と読みます)では英語教員養成に携わっています。検定教科書の執筆・編集に関わっているほか、文科省や国立教育政策研究所の各種調査の作問や分析にも加わった実績を持っています。


記事の冒頭近くに書かれていることですが、ESAT-Jはアチーブメントテストと称しながら、スコアレポートで受験者に伝えられるのはテスト全体のスコアで、各パートのスコア等は伝えられません。さらに問題なのは、スコアレポートに書かれている「学習アドバイス」は実質的な情報に乏しく、「当たり前のことしか書かれてい」ないという点です。具体例として、「発音・流暢さを鍛えるとスキルUPにつながります」というコメントが挙げられていますが「えっ!」というしかありません。さらに、「英文を話して録音し伝わりにくい箇所がないか確認したり言いよどみなく話せるよう同じ内容を繰り返し話したりしましょう」と書かれていたそうです。久保野さんは言います。「どのレベルの、どういった英文を選ぶといいのか、英文を見て話すのか見ないで話すのか、伝わりにくい箇所とはどういう箇所なのか、そもそも話す側に「伝わりにくい箇所」は分かるのか。子どもたちや保護者に、これを見て改善を促すのには無理があります」。そして、「質が低すぎます」と言い切っています。まさにそのとおり。


この記事にはこれまであまり知られていなかったことも書かれています。その一つが「9月15日の都議会文教委員会の答弁で都教委が自ら言っていますが、都教委はこれまで調査書点のない生徒に対しても、学力検査の点の近い受験生の調査書点を使い算出する方法をとってきました」という点です。ESAT-Jでは不受験者に対し、他の受験者のスコアからその不受験者のスコアを推定する方式をとっていて、多くの人たちが批判しているところですが、「「他人の点数」を活用する方式」は都立高校入試の他の部分ですでに取り入れられていたということです。これに対し、久保野さんは神奈川県方式を紹介して、他の方式もあることとそうした方式も含めてもっと慎重に検討を加えるべきであると言います。ごもっとも。


インタビューアは「都教委とベネッセが結んだ基本協定には「試験監督や補助員などは1親等以内及び同居親族に、スピーキングテストを受験する者がいないことを確認した上で、業務開始前までに都教委に報告しなければならない」としてい」る点に注目し、具体的にどのように確認するのかを都教委は明らかにしていないと指摘します。


この「大津研ブログ」でも2022年9月16日付でESAT-Jの試験監督求人広告の件を取り上げました。


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「みんなが知ってる『(株)ベネッセコーポレーション』で

スキマバイトしよう!

学生さんや主婦さんに大人気の試験監督アルバイト大募集★」


「気軽に稼げる単発バイト!!」


「サクッと応募でそのままWEB登録! 履歴書の準備は必要ありません。 面接も一切ありません◎ 友達同士でのご応募も大歓迎♪」


「経験や資格は不要!」

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この求人広告はすでに掲載期間を過ぎていますが、上記記事を掲載した時点では、これは本当にESAT-Jの試験監督の募集であるとは信じられませんでした。ですから、その記事には「でも、これ、ほんとうにESAT-Jの試験監督なのでしょうか」と書き、「上記の求人広告がESAT-Jの試験監督についてのものでないのであれば、関係者の方、ぜひご一報ください。すぐに新たな記事を用意します」と付け加えました。しかし、今回のEduAの記事には「9月に入って、ESAT-Jが実施される11月27日の試験監督のアルバイトが大量に募集されています。中には「ベネッセの案件」「ESAT-Jの試験監督」と明記しているものもあります」とあります。やはり、そうなのでしょう。


仮にそうだとして、履歴書も必要ない、面接も一切ないという条件の下で、「1親等以内及び同居親族に、スピーキングテストを受験する者がいないこと」をどうやって確認するのでしょうか。久保野さんは「自己申告で済ませているのではないでしょうか」と言っていますが、ほんとうにそうであるなら、ひどい話です。東京都教育委員会に回答を求めたい。


さらに付け加えれば、きちんとした訓練を受けた有資格者が選ばれているという、ESAT-Jの採点者がどんな人たちであるのか、大きな不安を覚えます。試験監督の求人でさえ、ずさんとしか言いようのない、このようなやり方で行う企業がほんとうに受験者の英語スピーキング力をしっかりと判定できる採点者を集められるのか。受験者と保護者の不安は増すばかりです。


そして、今回の記事で、わたくしがもっとも注目すべきと考えるのはつぎの点です。インタビューアの発言です。


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前出の文教委員会では青柳有希子都議(共産)が、「都英語教育戦略会議は任意の会議体で、答申のできる機関ではない。その『提言』にのっとったESAT-Jの実施は、地方自治法に抵触する」とも指摘しています。

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久保野さん同様、わたくしも地方自治法には詳しくないので、青柳議員の指摘が妥当なのかどうかは判断できません。ただ、英語スピーキングテストの導入に関しては東京都に「都英語教育戦略会議」なるものが設けられ、その会議が先導する形でことが進められたことや、2017年7月に都立高校入学者選抜英語検査改善検討委員会が設けられ、英語スピーキングテストの導入が具体化していくという過程はこれまでほとんど知られていません。今後はこれらの会議のメンバーや会議での発言などを精緻に分析する必要があります。


さらには、都英語教育戦略会議が生み出したのは単に高校入試関連のことだけでなく、きわめて広範囲に及ぶことにも注意する必要があります。おそらく東京都はこれらの経緯についてはその都度きちんと公開してきており、それに注意を払わなかった側に問題があるという主張をすると思われます。しかし、現役の都立高校の英語の先生も、都内の公立中学校の英語の先生も、多くがその動きを承知していなかったことも事実で、東京都は周知徹底する努力をどのくらい払ってきたのか、はなはだ疑問です。


ESAT-Jといえば、先日、「東京都教育委員会は22日、都内の公立中学3年生約8万人を対象に行う英語の「スピーキングテスト」を、来春の都立高校入試に利用すると正式に決めた」という旨の報道がなされ、もうすでにこの問題は決着を見たと考える人も少なくないように思います。しかし、今回の記事が鋭く指摘する、ESAT-J自体が抱える深刻な問題を忘れてはなりませんし、ESAT-Jの問題はそれだけで完結するものではないことを考えると、もっと広範に東京都の英語教育政策の本質を見極める必要もあります。


【追記】山下知子さんは9月から朝日新聞東京本社社会部に移動されたようですが、EduA編集長時代の精力的なお仕事を評価されてのことと推察いたします。立場は変わっても、今後もこの問題を追求しつづけていただきたいと思います。

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