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美加 五十嵐

8.4 朝日新聞争論について

更新日:2020年3月21日

先日の朝日新聞朝刊に一面を使って「これでいいのだ学校英語」というタイトルの「争論」が掲載されました。新しい学習指導要領に反映された「コミュニケーション重視の英語教育」を○とする立場で松本茂さん(高校学習指導要領の解説の執筆者の1人、立教大学)が論を展開し、×とする立場でわたくしが意見を述べました。


と言っても、直に2人が会って議論したわけではなく、編集委員の刀祢館正明さんが2人を個別にインタビューし、それをもとにそれぞれの主張をまとめてくれました。刀祢館さんの原稿は事前に見せていただき、修正希望を伝える機会も与えられました。


一面全部を使っての大きな扱いとは言え、字数はかなり限られていますので、主な論点だけでもうまく伝えるのは至難の業です。刀祢館さんは7.11の英文解釈シンポジウムにも参加してくれましたし、インタビューも2回に及び、とても丁寧に取材してくれました。提示された原稿もすばらしいもので、わたくしからの修正希望はごくわずかでした。


「コミュニケーション重視の英語教育」というのはじつに聞こえがよく、それを打ち消すのはなかなか大変です。実際、これまでもこうした機会は何度かあったのですが、その後のネット上での反応は思わしくないこともありました。今回もそれを覚悟していたのですが、意外にも今回はわたくしの見解に理解を示す反応が結構ありました。


この投稿では、紙面で十分に意を尽くせなかった部分の補いをしたいと思います。


まず、今回の話題になっているのは、


新しい学習指導要領に反映された「コミュニケーション重視の英語教育」


ということで、「コミュニケーション重視の英語教育」一般ではないということを承知することが重要です。もちろん、一般の読者にそんなことまで期待するのは無理なので、その了解がなくてもわたくしの主張を少なくともある程度は理解してもらえるようにしたつもりです。


いまの点を解説します。松本さんの部分はこんな書き出しです。


「学校の英語教育は訳読と文法ばかりだ」という批判は、事実誤認です。国の英語教育の方針は、何十年も前から「使える英語」の習得を目指しています。特に平成に入って、読み・書きはもちろん、聞く・話すも含めた「コミュニケーション重視」に大きくかじを切りました。


今回問題となっているのはこの特定の意味での「コミュニケーション重視の英語教育」なのです。わたくしが反対しているのはこの「コミュニケーション重視の英語教育」で、学習者が「使える英語」を身につけることに反対しているのではありません。


なぜ新しい学習指導要領に反映された「コミュニケーション重視の英語教育」に反対するのか?これはわたくしの記事の冒頭に書いたとおりです。その方法で英語教育を推進しても、本当の意味で英語が使える学習者は育たないからです。


それはなぜか?「訳読と文法」を悪者に仕立てることによって、それらを学校英語から追放してしまったからです。まず、学校英語から英文法の体系的指導を削り落としました。そして、今度は基本的に英語は英語で教えると方針によって、英文解釈が入り込む余地を極端に小さくしました。


英語が日常的に使われていない環境(「外国語環境」)で英語が使えるようになるには英文法や英文解釈の学習によって英語の仕組みをきちんと身につけておかなくてはなりません。


ただただ決まり文句や平易な文・文章の口頭練習をしても「英語ぺらぺら」人間を作り出すのが関の山です。実際は、そこまでにも至らず、英語嫌いを生み出すことになっています。わたくしは英語教育の専門家ではありませんが、小中高で英語を教えている多くの先生がたとお目にかかる機会がたくさんあります。そうした機会にしばしば先生がたの口から飛び出してくるのはそうした惨状を訴えることばです。


注釈が2つあります。英文法と言っても細かいことまで深追いするのではなく、その基本的なところ(具体的にというなら、以前、中学校でやっていた程度のこと)をしっかりと身につけておけばよいのです(拙著『英文法の疑問』(生活人新書)参照)。もう一つ、英文解釈というのはいわゆる和訳ではありません。語彙と英文の成り立ちを分析的に捉え、その捉えたところを使えるようにする作業です。


英文法や英文解釈と口頭訓練(話す・聴く)は矛盾しません。どうもこの辺りが今回の記事では十分に伝わらなかったようです。でも、その実例をご覧になりたいなら、放送大学での斎藤兆史さんの授業をお勧めします。斎藤方式が唯一のものではありませんが、すばらしい実践例です。


ついでながら、斎藤さんの授業が持つ隠れた意味があって、それは英文法や英文解釈の重要性を説く人はろくな英語が話せないという俗説の誤りを示していることです。斎藤さんの英語は聴いていてくやしいくらいにきれいで、立派です。


さて、まとめをいたしましょう。松本さんも、わたくしも学校英語教育の現状をよしとするものではなく、それを改善する必要があるという点では一致しています。アカデミック・ディベートで言えば、わたくしは否定派はありますが、代案否定派です。つまり、現状を改善するには松本方式、つまり、新しい学習指導要領に反映された「コミュニケーション重視の英語教育」ではだめで、英文法・英文解釈・作文の3点セットを基盤に据えた英語教育でなくてはならないということです。


なお、松本方式に対する徹底的批判の書として、


寺島隆吉『英語教育が亡びるとき』(明石書店、2009年)


があります。寺島さんの『英語教育原論』と併せて読まれると理解が徹底します。







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