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執筆者の写真大津由紀雄

大著2点

当分、枕は買わないで済みそうです。


と言いますのは、「畏友」としか呼びようのない2人の友人から、今月に入って立て続けにそれぞれ1000ページを超える大著を贈っていただいたからです。安西祐一郎さんと山田宣夫さんです。


いくらなんでも「枕」云々は失礼だろうとお感じの方、じつは、安西さんからの手紙に「枕にするには硬く、トレーニング用のバーベルにするには持ちにくく」とあったからです。いえいえ、枕にちょうどいいだけでなく、頭がよくなるというご利益にもあずかれるのではないかという気にさせます。


冗談はともかく、安西さんのご本はLearning and Interaction: from cognitive theories to epistemology(慶應義塾大学出版会、英文)という著作です。山田さんのものは『旧制東京高等師範学校及び東京文理科大学80年のあゆみ---大学の未来と理想の人間像を求めた人々』(東信堂)という著作です。


安西さんのご本に挟まれていた紹介文には「日本がまだ情報社会の繋明期にあった1970年代の半ばから、自然科学と人文・社会科学の「総合知」を独自の方法で産み出してきた元慶應義塾長が、人間と社会の内的過程の分析をもとに現代社会の抱える基本的謀題に迫る。認識論、認知心理学、社会心理学、発達認知科学、認知神経科学、進化認知科学、コンピュータサイエンス、AI、ロボティクス等の学術分野を横断し、人間の基本的活動としての学習とインタラクションに関する諸研究を解説」とあります。


なにせ大著なので、まだ読み切れていませんが、Introductionを読むとこの本の内容を大づかみに理解することができます。Chapter 1 Theory and Models of LearningとChapter 2 Theory and Models of Interactionはそれぞれの分野のサーベイとしても優れています。わたくしの関心が十分及んでいない領域(たとえば、ロボティックス)についての情報はことに有益でした。


安西さんが2018年に慶應義塾大学大学院文学研究科に博士論文を提出し、博士(哲学)を授与されたことは承知していたのですが、その拡張版をこのような形で準備していたとは驚きです。ご存知のない方のために付け加えておくと、安西さんは1974年に工学博士の学位も得ています。上の紹介文にある「自然科学と人文・社会科学の「総合知」」の探求を形の上でも残したということになります。


山田さん(彼とは東京教育大学の同期生であるので、ほんとうは「山田」と書きたいところなのですが、今回だけは「山田さん」という呼称を使います)のご本は「これまでほとんど考慮されることのなかった通時的な観点を導入し、その角度から大学の未来を展望することを目的としたもの」(「まえがき」)です。「具体的には、今から約68年前に閉学となった東京高等師範学校及び東京文理科大学の80年と10ヵ月に及ぶ歴史を改めて検証し、その中から、今後の日本の大学のあり方を考える上でのヒントとなり得るような教訓を引き出してみたい」(同上)

というもくろみです。


共時的視点だけでなく、通時的視点も併せて検討するのが重要だという考えは山田さんの専門領域が歴史言語学であるということと無縁ではないと思います。「高師・文理大の歴史を調べることによって、歴史そのものを知りたいという自分の欲求を満たすことができるだけでなく、そこから大学の将来を展望するヒントが得られるかもしれない、と密かな期待を抱いた」と「あとがき」にあります。単に過去を振り返るだけでなく、そこで得られた成果を将来への展望に結びつけるという姿勢には山田さんの歴史家として真骨頂が現れています。そう言えば、山田さんの(そして、わたくしの)師匠である中尾俊夫先生の遺作は『変化する英語』(2003年、ひつじ書房、児馬修・寺島廸子補筆)でした。この本の紹介文に「丁寧に収集された実言語データおよび多角的視点から英語の変化の要因を探り、21世紀の英語の方向性を予測する」とあります。高等師範から文理大を経て東京教育大学へと連なる知的山脈を見る思いがします。


山田さんの『大学教育の在り方を問う』(2016年、東信堂)と併せて読むと、山田さんの考えが立体的に理解できます。また、なんと言っても英文科の出身ですから、英語関係の記述はとりわけ興味深く、日本英学史、日本英語教育史の研究者にとっては必読文献と言えます。


知性の輝きを感じさせる大著2冊、著者たちと時代を共にできたことを喜ぶとともに、今後もお二人の知的挑戦を楽しみにしています。あ、わたくしも負けずにがんばりますが、枕はとうてい無理なので、足枕ぐらいで勘弁してもらおうかと思います。


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