【末尾に注1と注2を加えました。重要な注ですので、ぜひお読みください。】
今年度のESAT-Jが11月26日に実施されました。ご記憶のかたも多いと思いますが、昨年度は実施にあたって大混乱が起きました。それに比べ、今年度は改善された点も多く、都内公立中学や都立高校では「無事に終了」という雰囲気さえ漂っているという報告を多くの先生たちからいただきました。ただし、これを以て、《新たな制度を導入する時に、最初はいろいろな問題が起こるもので、大切なことはそれを批判することではなく、回を重ねるごとに確実に改善されることなのだ》という論調が抵抗なく受け容れられることになってはなりません。[注1]
ここで、思い起こしてほしいことがあります。東京都教育委員会(「都教委」)はESAT-Jを「都内公立中学校の生徒を対象とした到達度テスト」として位置づけています。つまり、都内公立中学校で学んだ生徒たちが英語のスピーキングに関してどの程度の学習成果を達成したかを調査するためのテスト(「アチーブメントテスト」)なのです。したがって、国私立中学校に在籍する生徒は、原則受験対象となりませんし、海外の生徒や都外在住の生徒も受験対象とはなりません。[注2]
都教委はそのESAT-Jの結果を都立高校の入試に流用しようというのです。ここで、妙な問題が生じることになります。というのは、受験対象から外されるこれらの生徒も、入学日までに保護者と都内に転入することが確実な場合には都立高校に応募できることになっているからです。つまり、都立高校を受験する資格はあるのに、入学者選抜試験の一部としてその結果が流用されるESAT-Jは受験できないという生徒が存在するということになります。
この問題に対して、都教委はそれによって当該生徒たちに「不利にならないように措置する」とし、その措置の方法を明らかにしました。大津由紀雄・南風原朝和(編)2023.『高校入試に英語スピーキングテスト?---東京都の先行事例と徹底検証(岩波ブックレット1085)』岩波書店の第2章「入学者選抜試験としてのESAT-Jの公平性と合理性---不受験者に対する措置に焦点をあてて」では、心理統計学・テスト理論が専門の南風原朝和さんがこの措置を専門的知見をもとに検討しています。そして、その措置は不公正性と不合理性を内包し、「専門的、技術的な検討が不十分と言わざるを得」ない(p.29)という明確な判断を下しています。
きちんとした議論と問題点の詳細はその「第2章」におつきいただきたいのですが、なにせESAT-Jを受験していない生徒の「仮結果」を推定しようとするのですから、そこに誤差やねじれが生じる危険性が高いであろうことは想像に難くありません。忘れてはならないのはこの「仮結果」の推定によって悪影響を被る可能性がすべての受験者に及ぶということです。わずかの差が合否を分ける入試にあって、決して「他人事」ですまされるものではありません。
ESAT-Jがその実施において仮に完璧であったとしても、この問題が残る限り、受験生に対しての不誠実さを消し去ることはできないのです。その意味で、11月26日に実施されたESAT-Jはあくまで「都内公立中学校の生徒を対象とした到達度テスト」として留めるべきであり、都立高校入試に流用することは止めるべきなのです。
[注1]
「今年度は改善された点も多く」というのはあくまで混乱を極めた昨年度との比較でのことで、今年度も実施にあたってさまざまな問題が生じていました。この点を裏づけるべく、入試改革を考える会、都立高校入試 英語スピーキングテストに反対する保護者の会、都立高校入試への英語スピーキングテスト導入の中止を求める会、中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の都立高等学校の入学者選抜への活用を中止するための都議会議員連盟の4団体はESAT-Jの実施状況に関する任意のアンケート調査を行い、266件の回答を得ました。同4団体はまとめられた結果にもとづき、2023年12月27日に浜佳葉子東京都教育長に対し、「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の受験者を対象とする実施状況調査を求める要望書」を提出しました。重要な文書ですので、ここに転載いたします。なお、提出された文書には該当する会場名が明記されていますが、当面、公開する文書では地域名のみ掲載するという4団体の意向を汲み、地域名のみ掲載版を使用します。
このような地道な作業を行った関係4団体のみなさんに心から敬意を表したいと思います。
[注2]
注意深い読者は「国私立中学校に在籍する生徒は、原則受験対象となりませんし、海外の生徒や都外在住の生徒も受験対象とはなりません」にある「原則」という部分に違和感をお持ちになったことと思います。これは都教委の文言をそのまま借用したものです。都教委が2023年5月に公表した「令和5年度中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)実施要項の20ページは「第3 国私立中学校に関する事項」の「第3ー2 国私立中学校に在籍する生徒のESAT-Jの受験について」という項目があります。そのなかで、「国私立中学校に在籍する生徒は、原則 ESAT-J の受験対象外とする。ただし、都内国私立中学校に在籍する第3学年生徒及び都内在住の都外国私立中学校に在籍する第3学年生徒は、積極 的にESAT-J の結果を都立高校入学者選抜に活用したい等、必要な場合は受験を可能とする」と記されています。
この書き込みの冒頭に示したように、「都内公立中学校の生徒を対象とした到達度テスト」であるESAT-Jの結果を都立高校の入試に流用しようしたところに問題の根幹があるのです。その問題を場当たり的な方法でなんとか回避しようとする気持ちがこの「原則」ということばに表れています。
実際、都教委のESAT-J特設ページに置かれたQ&Aにはつぎの項目があります。
---
Q 国立私立中の生徒は、原則対象外となっているのはなぜですか。
A. ESAT-Jは都内公立中学校生徒を対象としたテストです。公立中3生のみなさんの英語力の向上と、学習に関する意欲向上を目指すと同時に、学校での授業を改善していきたいと考えています。
---
このようなその場しのぎの方策をとっていては生徒、保護者、先生たちの都教委に対する信頼は揺らぐばかりです。都教委の猛省を促したい。
【南風原さんによる上記の「第2章」は深い学識に裏づけられたものですが、わかりやすい具体例が添えられており、合理的思考力さえあればだれにでも理解できます。】
【2023年12月26日8:45a加筆】
【2023年12月27日11:55p加筆】
Comments