1月12日(日曜日)がんこ蒲田店で、恒例の麦の芽会を開きました。麦の芽会は1960(昭和35)年に大田区立北糀谷(きたこうじや)小学校を卒業した、飯野美智子・山路峯男学級のクラス会です。前回、このブログで麦の芽会について書いたのはもう7年も前のことになります。 http://oyukio.blogspot.com/2013/01/blog-post_14.html?q=%E9%BA%A6%E3%81%AE%E8%8A%BD%E4%BC%9A
麦の芽会は卒業直後の5月に開いた第1回を除き、毎年、成人の日のあたりに開かれます。成人の日が1月15日に固定されていたときはその日に、変動制になってからは成人の日(1月の第2月曜日)の前日の日曜日に開かれてきました。今回が61回目(第1回を差し引いて60回)ですので、ちょうど、麦の芽会自体が還暦を迎えたことになります。
前回の記事でご紹介した鎌倉屋さんはその後、店をたたんでしまいました。その直後は、それまで二次会の会場に使わせてもらっていたリビエラというカラオケスナックを利用させてもらっていたのですが、そのリビエラも数年前に閉店しました。以降は蒲田駅の周辺の居酒屋さんを転々としています。
今回、お世話になった、がんこ蒲田店は蒲田駅西口のすぐ近くで、エレベータがあるので、車いすでの来店も容易です。これまでは先生を背負ったり、車いすごと神輿のように担いだりしていましたが、その心配もなくなりました。店長さんはじめ、店員のかたの応対もすばらしく、楽しいひとときを過ごすことができました。
山路先生はとてもお元気で、91歳とは思えない記憶力で、みんなを勇気づけてくださいました。ただ、今回はこれまで皆勤だった飯野先生が体調不良のため、欠席されました。次回はお元気な姿を見せて欲しいと願っています。
元児童たちも71歳、72歳となり、今後のことについても話題になりました。現在は終身幹事のわたくしが名簿などの関連情報を集中管理していますが、今後はその情報を数人で共有することにしました。また、一度、「中締め」の旅をすることも考えようという意見も出ました。
戦後間もない、高度経済成長の入口あたりに、その成長を支えた蒲田の町工場とのり屋さん(浅草海苔の養殖業者さんたち)の町にある小学校で6年間を過ごした仲間同士の友情はいまでも変わることがありません。
来年の再会を誓って、蒲田を後にしました。
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