正直に告白してしまうと、わたくしは3年前に嶋田さんと出会うまでは、アイルランド英語というのは英語の変種の一つで、言語変化やWorld Englishesなどの観点からのおもしろさしかないものと思い込んでいた。
嶋田さんはその言語交替の歴史を振り返り、現在もなお英語への交替が進むアイルランドで暮らす人々がアイルランド語に対して、英語に対して、どんな思いを抱いているのかを自身のフィールドワークによって丁寧に描き出している。
さらに、アイルランド語、アイルランド文化を背景に生まれたアイルランド英語の言語的特徴についても、興味深い逸話を随所にさしはさみながら、明らかにしていく。この本は言語学の専門的知見に裏づけられた「専門書」でもあるのだが、言語学的知識を持ち合わせない読者にとっても一種の時代小説のようにこの本の主題に引き込まれていくに違いない。
加えて、言語学的関心からは、言語と言語が接触した時になにが起きるのかという一般的問題(接触言語学)に関しても、この本から学べるところが多々ある。
現在のアイルランドは、憲法で、アイルランド語を国語、第一公用語と、そして、英語は第二公用語であると定めている。しかし、一度始まった言語交替のうねりは止めようとして止められるわけではなく、アイルランド語保護地域ですら、アイルランド語の影は薄くなりつつある。
推薦文を寄せてくれた鳥飼玖美子さんは「日本語という母語を奪われた経験のない恵まれた環境が日本にもたらしたのは、言語に対する畏敬の念の悲しいまでの欠如ではないか。日本人にとっての「自分たちのことば」である日本語の将来を考える為にこそ、本書を多くの読者に熟読していただきたい」と評している。英語狂想曲に浮かれる日本社会に対する警告の書としての価値も高い。
こんな本が書ける嶋田珠巳という言語学者を同僚に得ていることをわたくしは誇りに思う。
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