2022年12月5日に都庁記者クラブで行われた、英スピ議連主催のESAT-Jに関する記者会見が行われました。主催者からその会見への出席と発言を求められましたので、数日前にこのブログに掲載した「ESAT-J --- 実施の実態」と題した拙論にその後の情報などで肉付けしたものを発表いたしました。以下はその原稿です。
この記者会見は以下のサイトに動画が掲載されています。
https://bit.ly/3Uz08FZ
7分30秒ごろからわたくしの発言が始まります。
なお、この発言中、羽藤由美さんのお名前を「羽藤由美子さん」と間違えて読み上げてしまいました。すみません。
[0]はじめに
とや英津子さんから本日の会見への出席と発言を要請されましたので、発言させていただきます。慶應義塾大学名誉教授の大津由紀雄です。わたくしは阿部公彦氏、鳥飼玖美子氏、南風原朝和氏、羽藤由美氏と共に10月14日付で、ESAT-Jの結果を都立高校入学者選抜に使用しなことを求めた「要望書」を東京都教育長および教育委員宛に提出していますが、今回は5人で話し合いをする時間的余裕がありませんでしたので、個別のご意見などは伺っていますが、わたくし個人の責任での発言といたします。
時間の制約がありますので、本日は[1]試験実施上のトラブルと[2]学習指導要領逸脱の問題に絞って、それぞれ簡潔にお話しいたします。[3]欠席者の問題については触れませんが、以下には記載されていますので、ご参照ください。
[1]試験実施上のトラブル
試験当日、小池百合子東京都知事は「大きなトラブルはなかった」とコメントしたそうです。また、東京都が11月27日19時現在の「速報」として伝えた「中学校英語スピーキングテスト(11月27日実施分)実施状況」によると、「トラブル等の報告例」として「欠席連絡の受付電話の回線が混みあって、つながりにくくなった時間がある」と「会場を間違えて、遅刻した生徒がいた」の2点が挙がっているだけです。
一方、ただいまご紹介があった、英スピ議連がネット上で実施した「実施状況調査」には決して見過ごすことができない回答が数多く寄せられています。
①今回の試験は前半組と後半組の2グループに分けて実施されましたが、待機中に別のグループの解答音声が聞こえてきたという指摘が多数ありました。
そのことが当該生徒の解答にどのような影響を与えたかはわかりませんが、こういう事態が生じていたということ自体が重大な問題です。
加えて、この種の事態が生じたのが複数会場にわたることも忘れてはなりません。
②試験中にイヤーマフをしていたにもかかわらず他の生徒の解答する声が聞こえてきたという報告もかなりありました。
さらに重大なのは、出題音声の音量を各生徒が調節できることから、音量を下げると他の生徒の解答音声が聞こえやすくなるということ、音量調節と併せて解答開始のタイミングを遅らせることによって不正が可能であるということに気づいた生徒が少なからずいるという点は深刻な問題です。
③解答練習を兼ねた録音確認の際に周りの生徒の声が録音されていたという指摘も多数あり、なかでも、それが試験問題の解答を録音する際にも起こるのではないかと不安になるほどはっきりと録音されていたという証言も少なからずありました。
④試験を終えた前半組とそのあと試験を受ける後半組みがトイレなどで接触の機会があったという指摘もありました。
上記は生徒、生徒からの報告を受けた保護者・教員、監督者らによる指摘ですが、東京都教育委員会はその場に居合わせた監督者たちからの意見聴取も含めた調査を早急に行い、その結果を公表すべきです。
冒頭で触れた「要望書」の中に記した「円滑な試験運営ができない可能性が高いこと」という懸念が現実のものとなってしまいました。入学者選抜の公平性・公正性という観点から見過ごすことはできません。
[2]学習指導要領逸脱の問題
ESAT-Jに関するQ&Aが東京都教育委員会のウェブサイトに公開されています。
その回答のなかに、「ESAT-Jは、中学校学習指導要領に基づき、東京都が定めた出題方針により、出題内容を決めています。したがって、授業で学習した範囲の中から出題します」と明記されています。
ところが、今回のPART AのNo. 2(音読問題)に「Do you drink tea? You may have seen that there’s a new tea shop next to our school.(後略)」という一節が出てきます。このうち、下線を付した部分の表現は中学校で学ぶ範囲を逸脱しています。
念のために急いで付け加えておきますが、may have seenという表現形式は未習であっても、これは音読の問題であるから、may、have、seenが既習であるのだから特段問題はないというのは反論にはなりません。音読するためにはその英文の成り立ちが理解できていることが必要だからです。
東京都教育委員会が問題の作成と点検にどう関与したのかは定かではありませんが、明らかに慎重さを欠いており、重要な問題です。加えて、時系列に従って解答していくスピーキングテストの最初の部分(PART A)でこのような問題が生じたことが生徒たちに与えた影響を考えると、ことの重大さはこの問題を採点から外すといった処置で対処できる中途半端な性質のものではありません。
なお、学習指導要領逸脱の問題をはじめ、今回の試験問題の内容についてすでにネット上でも多くの問題が指摘がされています。
[3]欠席者の問題
[1]で触れた「中学校英語スピーキングテスト(11月27日実施分)実施状況」によると、今回の申込者数は約76,000人で、そのうち、実際に受験したのは約69,000人ということです。
都内の公立中学校に在籍する中学3年生は約8万人ですから、申込者が約76,000人ということは4,000人が申し込みすらしていないということになります。《いや、中3のうち、都立高校を受験しない生徒もいるから》というのはおかしな話です。ESAT-Jはあくまでアチーブメントテストであって、その結果を都立高校入学者選抜に使うというのは二次使用に過ぎないからです。
加えて、今回、さらに7,000人の欠席者が出たことにも注目する必要があります。申し込み者の1割弱が欠席したことになるからです。約80,000人という全体母数という観点から言えば、今回の受験者数である約69,000人はその86%にしかなりません。
今回申し込みはしたが欠席した約7000人のうち、何人ぐらいが体調不良などによる、やむを得ない欠席であったのか、また、何人ぐらいが確信犯的な不受験者であったのかは追試験及び再試験の受験申請状況(12月2日午後2時締切)を見ればある程度判断することができます。注目したいと思います。
[4]最後に
ESAT-Jは実施されてしまいましたが、その結果を都立高校の入学者選抜へ利用することを中止させることは今からでも可能です。上に指摘した3つの問題のどれをとっても、東京都の準備不足は明白です。不公平で、不公正な試験の結果を生徒たちの将来に重要な影響を与えかねない入学者選抜に利用することはあってはならないことです。
「入試を考える会」の代表を務める大内裕和さん(武蔵大学教授)は東京都の対応が誠意に欠けることを嘆いておられましたが、わたくしもまったく同じ思いです。ことしの流行語大賞に選ばれなかったのが不思議でならない「丁寧に説明する」を幾度となく繰り返し、問われたことに直接答えることを避け続ける対応はおよそ教育に関わる者がとってはならない態度です。
このあと、「都立高校入試英語スピーキングテストに反対する保護者の会」が作成した生徒・保護者による証言動画が紹介されます。ひょっとしたらご自身やご自身のお子さんが不利益を被るかもしれない立場にありながら、ESAT-Jに対する意見を発信し続ける保護者のみなさんには日頃から敬意を抱いていますが、生徒・保護者を「証言動画」の公開という事態にまで追い込んでしまったことにわたくしは強い衝撃と怒りを覚えます。
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