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東京都中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の一刻も早い中止決断を強く求めます

2022年5月26日に東京都教育庁は「東京都立高等学校入学者選抜における東京都中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)結果の活用について」と題する文書を公開したことによって、ESAT-Jの問題の根源(の一つ)がかなりはっきりと浮かび上がってきました。


もう「担当者」にわけのわからない言い訳を繰り返すことを強いるのは気の毒です。教育委員会、教育長、都知事レベルでの一刻も早い決断が必要と考えます。


最近はいくら野暮でも念には念を入れて注釈を加えておかないと誤解されることが多いので、野暮注を添えておきますが、ほんとうに気の毒なのはなによりも、おとなの事情に振り回されている生徒たち、そして、保護者たちです。きちんとした情報を伝えられているとは思えない先生たちも大変です。なにがなんだかわからないというのが実情なのです。


冒頭に紹介した文書の中に「不受験者の扱いについて」という項目があり、不受験者のために「仮のESAT-J結果」を算出する方法が公開されました。そこで、わたくしは心理統計の専門家である南風原朝和東京大学名誉教授と英語教育・教育方法学が専門の亘理陽一中京大学教授にその方法に対する意見を求めました。南風原さんと亘理さんの回答はすでにこの「大津研ブログ」で紹介したとおりです。さらに、「入試改革を考える会」の松井孝志英語講師がSNS上に発表している、いくつかのシミュレーションの結果を併せて考えると、もうこの方法はすでに破綻しているとしか言いようがありません。


要点だけを整理しておきましょう。南風原さんの説明からわかるのは「英語学力検査とESAT-Jの相関がどの程度になるのか」をきちんと承知しておくことがなによりも大切であるということです。「仮のESAT-J結果」の算出方法は英語学力検査とESAT-Jの相関が応分に高いことを前提としているからです。おそらく、東京都はプレテストや確認プレテストなどの結果から両者の間にそれなりの相関が認められることを確認していると考えられます(もししていないなら、それはそれで問題です)。しかし、亘理さんが指摘するように、両者に高い相関が認められるのであれば、英語学力検査の結果のみを見ればよいのであって、ESAT-Jの実施はそもそも必要ないものになります。結局、どちらを向いても問題が立ちはだかるということになります。


百歩譲って、その問題に目をつぶるとしても、公開された算出方法はきわめて怪しげです。まず英語学力検査の得点順のリストを作り、その前後に設定された一定の幅(幅の値は当該高校の受験者数によって決まります)の中に入る受験者のESAT-Jのスコアから不受験者のスコアを推定します。したがって、英語学力検査の順位は低くても、前後の受験者のESAT-Jのスコアが高ければ、算出される推定値は高くなります。逆に、英語学力検査の順位が高くても、前後の受験者のESAT-Jのスコアが低ければ、算出される推定値は低くなります。場合によっては、英語学力検査の得点順リストで上位に位置する不受験者の推定値がその人より下位に位置する不受験者の推定値よりも低くなり、合計点でも逆転されてしまうことも起こりえます。このことを具体的に示したのが松井孝志さんの功績です。


本年5月4日付掲載記事「東京都の「英語スピーキングテスト(ESAT-J)」が抱える本質的問題(その1)」で、東京都教育庁がESAT-J不受験者の結果を英語学力検査の得点から推定するという危ない橋を渡った裏にはつぎの事情があるのではないかと述べました。ESAT-Jを都内公立中学校3年生の目標達成度を測るためのアチーブメントテストと位置づけてしまったために、都立高校受験者の中にはESAT-Jを受験しない者も出てくることになってしまった。私立中学校の生徒や東京以外の地域(外国も含む)の生徒が都立高校を受験する場合です。その場合の「不受験」をゼロにすることは現実的でないという事情により上記推定方式を導入せざるを得なかった。


どうやら、その推測は間違っていなかったように思います。そして、今後こんな言い訳が考えられます。①「仮のESAT-J結果」の算出方法に多少の問題があることは承知しているが、実際にその算出の対象となる受験生の数はごくわずかであり、大騒ぎするほどのことではない、② 新たな試みをする際には必ずと言っていいほど問題が生じるものである。大切なことは失敗を教訓にさらによい制度を作り上げていくことで、問題ばかりをあげつらうのは生産的ではない。


算出適用の対象者の多寡が問題なのではありません。論理の問題です。南風原さんと亘理さんが指摘するように、英語学力検査とESAT-Jに高い相関があるのであれば、ESAT-Jを導入する必要はそもそもありません。低い相関しかないのであれば、今回公開された「仮のESAT-J結果」の算出方法は謎としか言いようがありません。


たしかに、新たな試みをする際には必ずと言っていいほど問題が生じるもので、それを恐れてばかりいては将来の展望は開けてきません。しかし、ESAT-Jは問題だらけなのです。今回取り上げた問題以外にも、GTECがらみの(公平性、公正性の)問題、進路指導の問題などなど、多種多様の問題が指摘されています。東京都教育庁はこれまで長い時間をかけて練り上げてきたものだと胸を張りますが、然るべき専門家を含め、その意見に耳を傾けるべき人たちの意見を聞くこともなく、ことを進めてきたツケが回ってきたのです。


冒頭のことばをもう一度掲げてこの文章を締めくくりたいと思います。


もう「担当者」にわけのわからない言い訳を繰り返すことを強いるのは気の毒です。教育委員会、教育長、都知事レベルでの一刻も早い決断が必要です。

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