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お釣りはいくら?


 わたくしの最初の海外体験は1977年、29歳の時にMITの大学院言語学・哲学研究科博士課程の院生として留学した時でした。

 カルチャーショックはいろいろとありましたが、渡米して間もなくのある体験はいまでもはっきりと記憶に残っています。

 ボストン市の隣町ケンブリッジにMITはあるのですが、キャンパス内の既婚者用寮に住むことになり、さっそく近くのスーパー・マーケットに買い物に出かけました。なにせ初めての海外体験ですから、緊張しました。いろいろと買い物をしてレジへ持っていき、全部で39ドル78セントだと言われました。そこで、わたくしは10ドル札4枚とペニー(1セントコイン)3枚を差し出しました。すると、レジのお姉さんは「39ドル78セントだから、40ドルでお釣りがくるのよ」と言って、ペニーを返してきました。

 「えっ、クオター(25セントコイン)が欲しいんだけど」と言い返すと、お姉さんは《ああ、まだこっちに慣れていないのね》というような顔で、仕方なくという風情で40ドルと3セントを受け取り、レジにその額を入力しました。

 するとどうでしょう。レジのお釣り表示に25セント、つまり、クオター分の金額が表示されたのです。お姉さんは狐につままれたという表情で、お釣りとしてクオターをくれ、「あなたは天才ね。MITで数学、やってんでしょ」とウィンクしてくれました。

 もちろん、「ぼ、ぼくは言語学をやりにはるばる日本からやってきたのです」だなんて野暮なことは言いませんでした。

 その後、日本とアメリカを行ったり来たりで、合計8年間アメリカで暮らしましたが、似たような体験は何度かしたことがあります。


 4,5年前のことだと思うのですが、横浜市の自宅近くのスーパー・マーケットで3,976円の買い物をしました。レジで4,026円を差し出すと、レジのお兄さん、怪訝な表情を浮かべました。《ん、ひょっとして!》

 いまはもらった紙幣と硬貨を機械に入れれば、それだけで処理が完了します。機械から出てきたのは50円硬貨。お兄さんはなにも言いませんでしたが、わたくしは《ん?!》という表情を見逃しませんでした。

 あのとき、4,076円を渡していたら、お兄さんも心穏やかにつぎのお客さんを迎え入れることができたと思います。4,026円というところがミソだったかもしれません。

 レジのお兄さん、お姉さんの《ん?!》反応はこのところかなりよく目にするようになりました。でも、おじさん、おばさんの場合はあまりそういうことがないように思います。

 ここから、若い世代の計算能力(数学の才能とは別物です!)が落ちてきているのではないかと考えるのは邪推が過ぎますでしょうか。


 で、ですね、なんでこんなことを書き始めたかというと、きょう(2023年6月17日)、ちょっとばかり、ショックな体験をしたからです。

 じつは、専修大学の神田キャンパスで日本言語学会の第一日目があったのです。評議員会という会議が10時30分からあるので、9時30分に最寄り駅の九段下に着くよう家を出ました。九段下駅を出たところで、近くの喫茶店を探しました。あるチェーン店が目に飛び込んできたので、そこに入りました。

「モーニング」のチーズハムトーストセット583円也を注文しました。

 先払いです。

 なかなか感じのいいお兄さんが対応します。わたくしは1000円札と80円を渡しました。じつは、583円を580円と聞き間違えてしまったのです。わたくしは500円玉が返って来るものとばかり思っていたのですが、なんとお兄さんは100円玉4個を取り出したのです。さらに、1円玉も!おおっと!

 「500円玉はないのですか?」

 お兄さんは《何言ってるの、この人!》って感じで、こちらを見ました。

 「580円ですよね」

 「いいえ、583円です」

 「あ、そう。じゃあ、3円出しますね」と言って、1円玉を3枚差し出しました。

すると、お兄さんは

 「もう計算しちゃいましたから、3円は要りません」

いや、いや、497円もらうんだったら、417円のほうがましなのよ。それにまだレジ打ち込んでいないんだから3円受け取ってくれれば、500円玉1個ですむでしょ。

 お兄さんは《最近、この手の強引な客が多いんだよな。でも、このじじいと言い合っても仕方ないな》と考えたかどうかはわかりませんが、明らかに《不本意!》という顔で3円を受け取ってくれました。


きょうのこの体験、興味深いですよね。


(あ)583円の支払いに1000円札と小銭を出してきたのだから、この客はお釣りの硬貨の枚数をできるだけ少なくしたいのだなと考える。

(い)このお客は1000円札と80円を出してきた。これだとお釣りは497円。でも、

1000円札だけなら、お釣りは417円。こっちのほうが硬貨の数は少なくて済む。

 (う)ということは、このお客は支払額を間違ったのかもしれない。あ、そうか、1000円札と83円なら、お釣りは500円。これだ!


 という推論をして、

「お客さん、583円なんで、あと3円お持ちではありませんか」

 これが正解。


 若い世代で落ちてきているのは(狭い意味での)計算能力だけでなく、推論能力もということでなければいいな、と思いながら、専修大学へ向かいました。


【追記】

言われないうちに書き足しておきます。キャシュレスがもっと普及すれば、こんな楽しみも味わえなくなってしまいます。



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1 Comment


大変面白く拝読しました。こどもたちにそろばんで算数を教えている身からしますと、こんなに計算力が落ちているのかとがっかりします。また先生のご指摘の人の気持ちを読み取れないということも大きな問題と思いました。

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