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第二言語獲得研究と英語教育

更新日:2020年3月21日


昨日、5月26日、専修大学生田校舎で、第84回英文学会全国大会第一日目が開かれ、シンポジウム「言語理論から見た第二言語獲得研究」がありました。宮城学院大学の遊佐典昭さんの企画、司会で、大阪大学の宮本陽一さん、三重大学の大滝宏一さんが発表、わたくしと遊佐さんがそれを出発点に議論するという構成でした。 宮本さん(ゼロ要素)と大滝さん(John is play golf.という誤用)の発表は質が高いもので、そのあとの議論もとてもしやすく、また、我々の理解も深まりました。締めは遊佐さんの、展望プラス最近の成果についての発表でしたが非常に情報豊かで、大いに勉強になりました。このところの遊佐さんのがんばりぶりには頭が下がります。 わたくしの話は最初の10分が認知科学としての第二言語獲得研究と外国語教育研究の一部としての第二言語獲得研究の区別の大切さと、前者が目指すべきことについての考えを述べました。つぎの10分強で、宮本さん、大滝さんの発表にコメントしたり、質問を投げかけたりしました。言語理論に支えられた第二言語獲得研究はそうではない第二言語獲得研究に比れば反証可能性が格段に高いのですが、第二言語獲得はその性格上、多数多様な要因が関与しているので、情報引き出しがとてもむずかしい。そこがおもしろさでもあるのですが、けっこう、高いハードルです。 最後の10分弱は外国語教育との関連について話をしました。時間がなかったので、意を尽くせず、うまく思いが伝わらなかったかもしれません。そこで、以下に要点を書きます。 1 チョムスキーは、外国語教育に関わる人が言語学や心理学で得られた知見に関心を持つことはよいことだが、外国語教育のような実践的行為に対し、言語学や心理学が直接貢献できる部分は少ないと思うという趣旨のことを以前から繰り返しています。わたくしもこの考えに賛成です。 2 言語学や心理学に代表される認知科学は理論構築、および、事実と論理による検証を繰り返しながら発展していくものですが、そのもとにあるのは、その行為によって、少しでも真実に近づいていきたいと願う夢です。夢は夢ですので、きょうの夢とあすの夢は違うかもしれません。そこで語られていることをそのまま英語教育の実践に役立てようというのは危険です。 3 科学には理想化がつきものです。しかし、教育実践においては、情報処理要因、個人差を含む教師要因と生徒要因、教室などの外的要因など、多くの場合、科学で捨象される要因こそが重要な意味を持ってきます。 4 したがって、認知科学としての第二言語獲得研究で得られた知見を直接、英語教育に活かそうとするのは危険であるという認識が実践者の側に求められます。 5 とはいえ、もうひとつ大切なのは、「外国語教育に関わる人が言語学や心理学で得られた知見に関心を持つこと」自体は重要なことで、問題はそうした知見に縛られ過ぎてはいけないということです。たとえば、英語教育を実践する先生がたには、文は単に単語が一列に連結された列車のようなものではなく、その背後に、単語のまとまりとその重なりという見えない世界が広がっているとか、言語理解の過程では言語知識だけでなく、ありとあらゆる情報を駆使した処理が脳の中で行われている(たとえば、「時計をお持ちですか」という発話も、道で声をかけられたときに発せられた場合と運動会の借り物競争の選手から発せられた場合とでは意味がまったく違う)とか、というようなことはぜひ心得ておいてほしいと思います。 6 5を実現させるためには、教育の実践に携わる方々のために科学研究の成果をわかりやすく解説する仕事が重要な意味を持ってきます。近年、そういう趣旨のワークショップや書物が少しずつ目につくようになってきましたが、教育実践者にとってはまだまだ敷居が高い。この状況を打破するためには、研究者が専攻領域の研究成果などを教育実践者を含めた一般の人たちに解説する時の心得を身につけるためのワークショップも必要だと考えています。 5と6についてシンポジウムでは意を尽くせなかったので、ここで補足した次第です。 きょうは大会第二日目で、江利川さん、鳥飼さんが登壇するシンポジウム「英語の学び方再考—オーラル・ヒストリーに学ぶ」があります。

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