東広島市における「グローバルクラス」の開設についての所見
以下に掲げますのは、「東広島市における「グローバルクラス」の開設についての所見」と題した文章です。東広島市における「グローバルクラス」の開設そのものについてはこのあと掲載します別記事をご覧ください。
東広島市における「グローバルクラス」の開設についての所見
大津由紀雄
慶應義塾大学名誉教授・関西大学客員教授
2026年9月9日
東広島市における「グローバルクラス」の開設について、現時点での所見を以下のとおり述べます。ただし、入手できた情報が限られているため、事実関係について誤解や見落としが含まれている可能性があります。その点は、あらかじめご了承ください。
結論から申し上げますと、提案されている「グローバルクラス」を2027年4月に開設することについては、なお慎重な検討が必要であると考えます。
わたくしが収集した情報によれば、現在、広島大学は海外大学の誘致をはじめとする国際化構想を進めており、東広島市もその構想に深く関与しています。今回の「グローバルクラス」開設事業についても、単独の教育政策としてではなく、大学と市が連携して進める国際化構想の一環として捉える必要があると考えます。
また、東広島市は人口増加と転入超過を維持している自治体であり、とりわけ大学関係者や製造業従事者を中心に、外国人住民が継続的に増加しています。さらに、市内には先端産業が集積しており、今後、外国人技術者や研究者とその家族の転入がいっそう増える可能性があります。そうした家庭の子どもたちを受け入れるための教育基盤として、英語によるイマージョン教育を取り入れた学級や学校へのニーズが急速に高まっていると、行政側は判断しているものと推察されます。今回の「グローバルクラス」開設事業も、こうした判断に基づくものと考えられます。
さて、2026年8月17日に開催された文教厚生委員会の動画を拝見すると、「グローバルクラス」開設事業について委員会に説明がなされたのは、この日が初めてであったことが分かります。これほど重要な案件について、文教厚生委員会への説明が開設予定日のわずか8か月前になされたことには、驚きを禁じえません。
同委員会において、指導課長は次のように発言しています。
「1学年についてはそこに記載させていただいたように音楽、体育、図画工作といったところを英語で通して教育活動を行うというところで書いております。2学年以降については、そのやっている3教科をやる中で、例えば対象教科を広げていく。ただ、そこは子どもたちの状況を見ながらでないと難しいと思いますので。ただしそこの教科を広げていくところを検討していくというところです。」
※実際の発言
48分36秒辺り
しかし、(1)なぜ音楽、体育、図画工作に限定して英語による教育活動を始めるのか、(2)その後、どのような基準と手順に基づいて対象教科を広げていくのか、という2つの重要な問題について、わたくしが調べた範囲では、明確な説明を見つけることができませんでした。
さらに、同委員会において、指導課長は次のようにも発言しています。
「途中で学習内容に対して、英語を使うことで、困難さを生じたりっていうことの想定はあると思います。その中で、ここからは個別子どもの、それぞれの子の状況に応じる応じてというふうには思ってはおりますが、それが学級内の支援で足りるものであれば、クラスの中でしっかりと支援させていただきたいと思いますし、そのクラスがということになりますと、そのクラスも含めて、そこは個別に保護者を通して、協議検討してまいりたいと考えております」
※実際の発言
53分23秒辺り
この発言からは、英語を用いることによって学習に困難を抱える児童や、グローバルクラスで学び続けることが難しくなる児童が生じる可能性は認識されているものの、そうした事態が生じた場合の具体的な対応については、現時点で十分な検討がなされていないように見受けられます。
そして、グローバルクラスを開設するうえで、もっとも重要かつ深刻な問題の一つが、教員の確保です。以前、日本におけるイマージョン教育の先駆けである沼津市の加藤学園について情報を収集した際、初代ディレクターがとりわけ強調していたのが、教員確保の難しさでした。言うまでもなく、英語を母語とする人であれば、だれでも英語を用いて適切な教科指導ができるというわけではありません。教科内容についての十分な知識に加え、児童の発達段階や理解の状況を見極めながら指導する高度な力量が求められます。
今回の事業では、JETプログラムによるALTの配置が検討されていると聞いています。しかし、「グローバルクラス」では、ある種のイマージョン教育が行われることになります。ALTとして優れた資質を備えていることと、イマージョン教育を適切に担えることとは、必ずしも同じではありません。この点を十分に認識しておく必要があります。また、英語による教科指導が可能な日本人教員については、県教育委員会が人員面で対応することが検討されているようですが、英語に堪能であることと、英語を用いて教科の授業を適切に行えることも、同じではありません。
以上を踏まえると、明確な教育理念と長期的な見通し、十分な研修、そして責任ある実施体制が整わないまま、このような事業を始めることには、極めて大きな危険が伴うと言わざるを得ません。
ことばは、しばしばコミュニケーションの手段であると言われます。たしかに、それはことばの重要な役割の一つです。しかし、ことばには、思考を支えるという、さらに根源的な役割があります。就学前から小学校期にかけては、ことばが思考を支える力が大きく発達する、重要な時期です。そして、この力は、主として母語を基盤として育まれます。現行の小学校英語程度の接触時間と学習内容であれば、この発達に及ぼす影響は限定的であると考えられますが、イマージョン教育となれば事情は異なります。導入するのであれば、周到な準備と相応の覚悟が必要であることを、十分に認識しておいていただきたいと思います。
最後に、日本語と日本文化を背景とする児童への英語教育と、日本語以外の言語を母語とし、日本文化とは異なる文化的背景をもつ児童への教育とを、グローバルクラスの開設によって一挙に解決しようとする「一石二鳥」の発想は、非常に危険であることを指摘しておきたいと思います。この二つは、目的も、対象となる児童のニーズも異なる問題です。当然のことながら、両者を明確に区別したうえで、それぞれにふさわしい方策を講じる必要があります。
以上は、限られた時間と情報のもとでまとめた所見であり、事実関係について誤解や不正確な点が含まれている可能性があります。そのような制約はありますが、この所見がなんらかの形でお役に立てば幸いです。




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